広島地方裁判所 昭和59年(ワ)315号 判決 1989年7月18日
原告
平賀基伸
右訴訟代理人弁護士
増田義憲
同
本田兆司
同
桂秀次郎
日本国有鉄道訴訟承継人
被告
日本国有鉄道清算事業団
右代表者理事長
杉浦喬也
右訴訟代理人弁護士
樋口文男
右指定代理人
福田隆司
同
周藤雅宏
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は原告に対し二八六万七五七六円及び昭和五九年四月一日以降毎月一五日限り二二万一六八三円を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 右2項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和四八年六月訴外日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)の臨時雇傭員になり、同年一一月準職員となり、翌四九年四月正職員として採用され、昭和四八年六月から広島鉄道管理局海田市駅に勤務し、昭和五七年二月から同局広島貨車区(以下「貨車区」という。)の列車掛乗務員として勤務していた。
2 国鉄は、昭和五八年三月二日、原告に対し、日本国有鉄道法(以下「国鉄法」という。)三一条に基づき原告を左記事由により懲戒免職する旨の意思表示をした(以下、右懲戒免職を「本件懲戒免職処分」という。)。
記
原告は、昭和五八年二月三日第六九二列車に乗務するための待ち合わせ時間中、管理者に無断で外出し、飲酒泥酔した上、広島市南区西蟹屋町において駐車中の普通乗用車のモールをはぎ取り、さらに民家の屋根に登り、瓦約三〇枚をはがし投げるなどして隣家の窓ガラスを破損させる行為をなし、四時三〇分頃から広島東警察署に連行保護され、よって第六九二列車の乗務を欠いた。
3 しかしながら、原告の所為は、懲戒事由に該当しないから、本件懲戒免職処分は、無効である。
4 原告は、本件懲戒免職処分当時、毎月一五日限り、平均月額二二万一六八三円の賃金の支給を受けていたが、国鉄は、昭和五八年三月二日までの賃金を支給したのみで、同月三日から昭和五九年三月分までの賃金合計二八六万七五七六円を支給しない。
5 日本国有鉄道改革法及び日本国有鉄道清算事業団法の施行に伴い、国鉄は、昭和六二年四月一日、被告日本国有鉄道清算事業団となった。
6 よって、原告は、被告に対し、原告が雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認並びに未払賃金二八六万七五七六円及び昭和五九年四月一日以降毎月一五日限り二二万一六八三円の賃金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1のうち、原告が臨時雇傭員、準職員を経て正職員として国鉄に採用され、海田市駅勤務を経て、貨車区列車掛をしていたことは認めるが、採用等の年月日は否認する。臨時雇傭員に採用されたのは昭和四九年六月、準職員となり、海田市駅勤務となったのは同年一一月、正職員に採用されたのは昭和五〇年五月、貨車区列車掛見習となったのは昭和五六年二月、列車掛となったのは同年三月である。
2 同2のうち、本件懲戒免職処分がなされた年月日は否認し、その余は認める。右処分が発令されたのは、昭和五八年三月一九日である。
3 同3は否認する。
4 同4は否認する。原告の給与は、昭和五八年三月一九日までの分が支給済みである。
5 同5は認める。
三 抗弁
1 原告には、前記のような懲戒事由があり、その詳細は、次のとおりである。
(一) 原告は、昭和五八年二月二日二一時一五分頃第五六〇M列車の乗務を終えて貨車区に帰着し、帰着点呼を受けた。右点呼の際、当直助役山本史郎(以下「山本当直助役」という。)が翌日の列車乗務(六時四六分に出務し、第六九二列車に乗務)を告知して確認し、かつ、早朝出務であるから自区泊するように指示し、原告は、右指示を受けて、貨車区指定の宿泊所に赴いた。
(二) 右帰着後、翌日の出務までの時間は、いわゆる待ち合わせ時間といわれるものであるが、待ち合わせ時間は、乗務員が勤務の中間において行先地で乗務のため列車を待ち合わせる場合の時間帯である。したがって、右時間は、労働に従事している時間ではないが、一勤務又は一仕業の中間に介在し、乗務員が自宅から離れて、次に乗り継ぐ列車での乗務に支障を来さないように休養を取る時間であり、休憩時間的性格を有するものである。国鉄広島鉄道管理局においては、広島鉄道管理局業務管理規程、同局運転取扱基準規程に基づいて列車掛執務標準(以下「執務標準」という。)を制定し、その第二章服務第3において、列車掛が待ち合わせ時間に乗務先で休養する場合は、指定の宿泊所において休養しなければならず、やむを得ず指定された宿泊所から外出する必要がある場合には、宿泊所主任、所在地の駅長又は所属の当直助役に連絡して行先を明らかにしなければならない、と乗務先において休養する場合の準則を定め、これを周知させている。
ところが、原告は、飲酒しようと考え、同月二日二三時頃山本当直助役に連絡をせず、行先を明らかにしないで、無断で外出し、同市南区南蟹屋二丁目四番食事処「おりづる」へ赴き、翌三日午前三時頃まで同店で清酒五本、ビール一本などを飲んだ。原告は、同日午前三時頃同店を出たが、宿泊所に帰らないで、同区西蟹屋四丁目八番二号白枝茂人方付近に行き、同人宅前に駐車中の同人所有の普通乗用車のモール二本を破損し、更に同所八番二号伊藤博宅の屋根に登って瓦約三〇枚をはがして投げ捨て、隣家の同所八番三六号唐須善汎宅の風呂場窓ガラス四枚を破損した。
(三) 右現場は、民家の密集した住宅街であり、付近住民は、皆寝静まっていたが、原告の右所為により眠りを破られ、大騒動となった。一一〇番通報により間もなくパトカーが駆けつけ、警察官が屋根に登って原告を取り押さえ、同日午前四時三〇分頃広島東警察署に連行した。
(四) 山本当直助役は、午前五時二五分頃鉄道公安官からの電話連絡により右事実を知り、直ちに代替乗務員の緊急手配をし、辛うじて第六九二列車運休の事態を回避したが、原告は、同列車の乗務を欠くに至った。
(五) 原告の右所為は、新聞などのマスコミに大きく取り上げられて報道され、国鉄内部はもちろん、世間のひんしゅくを買い、また、綱紀を粛正し、企業努力を励行して経営危機を乗り切ろうとしていた国鉄と職員の信用を失墜させた。
2 国鉄法三一条一項は、「職員が左の各号の一に該当する場合においては、総裁は、これに対し懲戒処分として免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができる。」と規定し、その一号として「この法律又は国鉄の定める業務上の規程に違反した場合」、二号として「職務上の義務に違反し、又は職務を怠った場合」が規定されている。そして、国鉄就業規則六六条は、「職員に次の各号の一に該当する行為があった場合は懲戒を行う。」と規定し、懲戒事由として、(1)国鉄に関する法規、令達に違反したとき、(2)責務を尽くさず、よって業務に支障を生ぜしめたとき、(3)故なく職場を離れ、又は職務につかないとき、(4)職務上の規律をみだす行為のあったとき、(5)職員としての品位を傷つけ又は信用を失うべき非行のあったとき、(6)その他著しく不都合な行為のあったときなどが規定されている。
また、職員服務規程は、一条において職員の服務の根本基準を定め、七条において「職員はみだりに欠勤し、遅刻し、若しくは早退し、又は所属上長の許可を得ないで職務上の居住地を離れ、執務場所を離れ、執務時間を変更し、若しくは職務を交換してはならない。」と、三〇条において「職員は常に全力をあげて職務の遂行に専念できるよう心身の休養に努め、特に徹夜その他特殊の勤務に服する者は、非番日その他の休養時間を濫用しないように注意しなければならない。」と規定している。更に、「安全の確保に関する規程」は、休養(一二条)、酒気の禁止(一三条)について特に規定している。
原告の前記所為は、右規則、規程及び国鉄法の各法条に違反するものであって、懲戒事由に該当する。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の(一)のうち、山本当直助役が帰着点呼の際、翌日の列車乗務を告知、確認し、自区泊するよう指示したことは、否認し、その余は認める。
同(二)の前段のうち、帰着点呼後から翌日の出務までの時間が待ち合わせ時間といわれていることは認めるが、その余は否認する。同後段のうち外出目的、外出時間、飲酒量を否認し、その余は認める。原告は、当日二二時頃、食事をするため外出し、ビール一本、酒三本、焼酎コップ一杯を飲んだ。
同(三)、(四)は認める。
同(五)のうち新聞報道がなされたことは認めるが、その余は否認する。
2 抗弁2のうち、原告の所為が懲戒事由に該当することは否認する。
(一) 待ち合わせ時間中の無断外出について
待ち合わせ時間は、単なる私的時間であり、職員が使用者の指揮命令に服することなく、全く自由に使用できるものであって、これには、執務標準第二章の服務に関する定めは、適用されない。
しかも、実際にも、乗務員は、乗務先の宿泊所から外出する際、助役等の管理者に行先を明らかにすることなく、自由に外出しており、管理者よりその点をとがめられたこともなく、管理者は、乗務員の外出や休養の管理を全くしていなかった。
したがって、懲戒事由のうち「管理者に無断で外出し」たとの点は、業務上、職務上の義務違反に該当せず、かつ、職務を怠った場合にも該当しない。
(二) 飲酒、器物破損行為について
被告主張の原告の飲酒及び器物破損行為は、待ち合わせ時間中の所為であるが、待ち合わせ時間は、以上のとおり、私的時間であり、服務規程と関係を有しないのであって、業務上、職務上の義務違反に該当せず、また、職務を怠ったことにもならず、懲戒事由に該当しないことが明らかである。
器物破損については、原告が謝罪し、被害弁償をしたので、被害者らは、宥恕の意を表明して告訴をせず、刑事事件として立件されなかったのであって、国鉄の信用がこれにより毀損されたことはない。
五 再抗弁
1 本件懲戒免職処分は、懲戒権の濫用であり、無効である。すなわち、
(一) 国鉄の乗車業務は、二四時間業務であり、その結果、長時間の待ち合わせ時間が生じ、乗務員は、宿泊所で不規則な睡眠を取らざるを得ないことから、常習的に飲酒後熟睡するという実態が生じ、管理者もこれを注意するどころか、かえって容認していた。そして、乗務員が勤務前に飲酒し、酒気帯び勤務を避けるため、年休指定をすることがあり、飲酒による欠務、突発休による欠務は、度々発生することであり、原告の本件欠務も特異なものではなかった。
原告は、警察官に保護され、第六九二列車に乗務できないことになったので、警察官に職場への連絡を依頼し、貨車区にその旨連絡がなされた。原告は、当時、年休が残っていたのであるから、事前に年休指定をした場合と異なることはなく、実質的には、乗務前に年休指定をし、代務者を確保した場合と異なるものではない。
また、本件においては、酒気を帯びて勤務し、事故を起こしたわけではなく、列車遅発の事態にも至らなかったのであり、器物損壊については、被害弁償をし、宥恕されていることなど酌量すべき事情がある。
(二) 本件事件直後に、三次運転区所属の機関士井面義信(以下「井面」という。)が行先地泊をしている際の待ち合わせ時間中に外出し、飲酒してタクシーで宿泊所に帰る途中で、嘔吐して車内を汚し、運転手と口論となり、被害弁償をして解決したが、飲酒のため、翌朝、乗務予定であった列車に代務者が乗務し、欠乗するという本件と全く同種の事故(以下「井面事故」という。)が発生した。しかるに、国鉄は、井面に対しては停職一年の懲戒処分にとどめているのであって、これと比較し、本件懲戒免職処分は、明らかに不平等な取扱であり、平等待遇の原則に反する。
2 本件懲戒免職処分は、不当労働行為であり、無効である。すなわち、原告は、昭和四九年四月国鉄労働組合(以下「国労」という。)に加入し、同年秋、国労広島地本呉支部青年部部長、同広島地本青年部常任委員、支部執行委員を歴任し、積極的に組合活動に取り組んできた。
ところで、国労と動力者労働組合(以下「動労」という)は、かつて国鉄と対決し、協調して労働運動を展開してきたが、国鉄の分割、民営化が国の施策とされるに及んで、国労は、これに絶対反対の方針をとり、一方、動労は、右施策を受け入れ、労使協調路線に転換した。そのため、国鉄は、対決路線をとる国労に対し、枚挙にいとまがない程の組合差別事件を惹起した。国鉄が動労所属の井面を停職処分とし、原告を免職処分としたのも組合差別の結果にほかならない。国鉄は、原告が国労所属の組合員であること及び原告の右のような組合活動を嫌悪して、本件懲戒免職処分に及んだのであって、右は、不当労働行為であり、無効である。
六 再抗弁に対する認否
1 再抗弁1の冒頭の主張は争う。
同(一)は否認する。
同(二)のうち、原告主張のとおりの井面事故が発生したこと及び井面が停職一年の懲戒処分を受けたことは認めるが、その余は否認する。
2 同2は否認する。
第三証拠(略)
理由
一 原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和四九年六月国鉄広島鉄道管理局広島印刷所に臨時雇傭員として採用され、同年一一月準職員となり、海田市駅に運輸掛として勤務するようになり、昭和五〇年五月正職員に採用されたこと、昭和五六年二月貨車区列車掛(貨物列車の車掌)見習となり、同年三月同列車掛となったことが認められる(原告が臨時雇傭員として採用され、準職員を経て、正職員として採用され、海田市駅勤務を経て、貨車区列車掛となったことは当事者間に争いがない。)。
二 請求原因2のうち、国鉄が原告に対し本件懲戒免職処分をしたことは当事者間に争いがなく、(証拠略)によると、国鉄は、昭和五八年三月二日付け懲戒処分通知書をもって、原告に対し、本件懲戒処分事由により原告を懲戒免職することに決定した旨を通知したところ、原告がこれに対し異議申立てをしたので、弁明、弁護の手続を経て、国鉄は、同年三月一九日付けをもって本件懲戒免職処分を発令したことが認められる。
三 請求原因5の事実は、当事者間に争いがない。
四 次に、抗弁について判断する。
先ず、懲戒事由の有無について検討するに、抗弁1の(一)のうち、山本当直助役が帰着点呼の際、翌日の列車乗務を告知、確認し、自区泊を指示したことを除くその余の事実、同(二)の前段のうち、帰着点呼後から翌日の出務までの時間が待ち合わせ時間といわれていること、同後段のうち外出目的、外出時間、飲酒量を除くその余の事実、同(三)、(四)の事実、同(五)のうち新聞報道がなされたことは、当事者間に争いがない。右事実に(証拠略)、原告本人尋問の結果を総合すると、次のとおり認められる。
1 原告は、昭和五八年二月二日及び三日は、貨車区列車掛として一七仕業の業務に就くことになっていた。
同仕業の内容は、次のとおりである。すなわち、二日一六時三六分までに貨車区構内にある列車掛センターに出勤し、同センター一階の当直助役の執務する点呼場において出務点呼を受け、その二〇分後に乗務点呼を受けた上、東広島駅(広島操車場)一七時五六分発、大竹駅一九時一一分着の第二七五九列車に乗務して大竹駅まで行き、同駅二〇時二三分発、広島駅二一時〇三分着の電車に便乗して、広島駅に戻り、翌朝の勤務に備えて、列車掛センター二階の宿泊施設のある休養室で休養、宿泊をし、翌三日六時二一分までに出務点呼を受け、更に乗務点呼を受けた上、東広島駅七時四一分発の第六九二列車に乗務し、その後、列車を乗り継いで乗務し、最後に、東広島駅一五時二二分着の第六九一列車に乗務して同駅に戻り、列車掛センターで帰着点呼を受けて勤務終了となる。
2 原告は、二月二日一七仕業所定の列車乗務の業務を終え、二〇時一五分列車掛センター一階で山本当直助役より帰着点呼を受けた。
国鉄では、一七仕業のように、一仕業中の初日の乗務を終わり、翌日の勤務に就くまでの時間のように、乗務員が勤務の中間において乗務のため列車を待ち合わせる場合の時間帯を「待ち合わせ時間」といい、乗務員が所属する区の宿泊施設に宿泊することを「自区泊」と言っていた。広島鉄道管理局が定め、乗務員が携帯を義務付けられていた列車掛執務標準によると、乗務先において休養する場合は、指定の宿泊所において休養しなければならず、宿泊所から外出する必要がある場合は、当直助役等に行先を明らかにしなければならない、と定められていた。
原告については、同日、列車掛センター二階の休養室に宿泊ベットが指定され、自区泊をすることになっていた。
原告は、右帰着点呼の後、センターの向側にある貨車区の建物内の風呂に行き、その後、食事をするため、当直助役に外出することを明らかにしないで、制服姿で外出した。その当時、乗務員が自区泊をする場合、外出する際に当直助役に会えば、外出するということのみを告げる程度であり、列車掛執務標準の前記定めが励行されているとは言い難い状況であった。
原告は、列車掛センター近くの飲食店「おりづる」に行き、翌三日午前三時頃までにビール一本、酒三本、焼酎コップ一杯を飲み、泥酔状態となり、同店を出たが、列車掛センターに帰らないで、反対方向に歩いて約二〇〇メートル離れた白枝茂人方に行き、同人方前に駐車中の乗用車のモール二本をはがしたり、屋根を叩いてへこませた。更に、原告は、同人方斜め前の伊藤博方の屋根に登って瓦約三〇枚をはがして、投げ捨て、隣家の唐須善汎方の風呂場の窓ガラス四枚を破損した。
深夜の右のような騒動により、隣近所の者は、眠りを破られて起きだし、間もなく、一一〇番通報によりパトカーが駆けつけ、警察官が屋根に登って原告を取り押さえ、午前四時三〇分頃広島東警察署に連行し、警察官職務執行法により保護した。
3 原告の所持品により原告の勤務先が判明し、午前五時二五分頃、鉄道公安室を通じて、列車掛センターに原告が泥酔保護されている旨の連絡が入った。山本当直助役は、原告が乗務予定であった一七仕業の第六九二列車に乗務できないので、その代務者を手配するため、直ちに、予備勤務の列車掛の自宅に電話連絡して出勤させ、同列車は、辛うじて所定の時刻に発車したが、原告は、乗務を欠くに至った。
4 原告は、同日午前一〇時頃、警察署から帰され、父や貨車区長らとともに前記各被害者方を訪問し、謝罪するとともに被害弁償を申し出て、告訴したり、報道機関に知らせたりしないで、穏便に済ませてほしい旨頼んだ。修理見積は、白枝方の自動車が約四万二〇〇〇円、伊藤方の屋根が五万円、唐須方の風呂場が二万六〇〇〇円であり、原告が全部弁償した。原告の前記器物損壊については、告訴がなく、刑事事件として立件されるに至らなかった。
5 その後、原告の右所為については、報道機関の探知するところとなり、同年三月三日、四日の新聞紙上で、「泥酔車掌、乗務できず、大暴れ、警察で保護」などの見出しで、報道されるに至った。
右認定によれば、原告には、本件懲戒免職事由に該当する所為があったものと認められる。
原告は、待ち合わせ時間は、勤務時間ではなく、単なる私的な時間であるから、使用者が服務に関する定めをしても、労働者を拘束することはできず、したがって、原告が行先を明らかにしないで外出しても、無断で外出したことにはならないと主張する。しかし、待ち合わせ時間は、前記のように乗務員が勤務の中間において乗務のため列車を待ち合わせる場合の時間帯であるから、勤務時間とはいえないとしても、乗務員に対する緊急連絡等の必要上、待ち合わせ時間中に指定の宿泊所から外出する場合に行先を明らかにすべき程度のことを定めることは許されるものと解するのが相当であり、外出する場合に行先を明らかにすべきことを定めた前記列車掛執務標準の規定は、有効であり、国鉄職員を拘束するものというべきである。原告の右主張は採用できない。
五 ところで、国鉄法三一条一項は、国鉄職員が同項一号、二号に掲げる事由に該当するに至った場合に、懲戒処分をなしうる旨定めているところ、同項一号は、懲戒事由として、「この法律又は国鉄の定める業務上の規程に違反した場合」を規定しており、右の業務上の規程とは、国鉄がその職員に対し遵守を要するものとして定めた規程を意味する。そして、(証拠略)によれば、右の業務上の規程に当たる国鉄就業規則六六条は、一号から一七号までに具体的な懲戒事由を定めており(なお、同条一七号の「その他著しく不都合な行いのあったとき」という規定は、単に職場内又は職務遂行に関係のある所為のみを対象としているものではなく、国鉄の社会的評価を低下毀損するおそれがあると客観的に認められる職場外の職務遂行に関係のない所為のうちで著しく不都合なものと評価されるようなものをも含むものと解される。)、また、職員服務規程及び安全の確保に関する規程に被告主張のような定めがなされていることが認められる。
そして、本件懲戒免職事由のうち、原告が自区泊中に指定の宿泊所から外出する際、当直助役に行先を明らかにしないで、外出し、飲酒泥酔の結果、乗務予定の列車の乗務を欠いたという所為は、国鉄法三一条一項一号及びそれに基づく国鉄就業規則六六条一号(国鉄に関する法規、令達に違反したとき)、一五号(職務上の規律をみだす行いのあったとき)に該当し、原告の器物損壊の所為は、同条一六号(職員としての品位を傷つけ又は信用を失うべき非行のあったとき)、一七号(その他著しく不都合な行いのあったとき)に該当するものというべきである。
原告は、器物損壊の所為は、私的時間である待ち合わせ時間中の所為であり、懲戒事由に該当しないと主張するが、原告の所為は、勤務時間以外の待ち合わせ時間中とはいえ、深夜、泥酔の上、故意に他人の自動車を破損したり、屋根瓦約三〇枚をはがして投げ捨て、隣家の窓ガラスを破損したというものであって、刑事事件としては立件されなかったものの、著しく不都合な行いと評価しうるものと認められ、それが国鉄の職員として相応しくないもので、国鉄の社会的評価を低下毀損するおそれがあると客観的に認めることができるから、原告の右所為は、就業規則の右各号に該当するものというべきである。原告の右主張は採用しない。
六 次に、本件懲戒免職処分の相当性について判断する。
国鉄法三一条一項は、職員が懲戒事由に該当する場合に、懲戒権者である国鉄総裁が、懲戒処分として、免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができる旨規定しているが、懲戒権者は、どの処分を選択するかを決定するに当たっては、懲戒事由に該当すると認められる行為の外部に表れた態様のほか、右行為の原因、動機、状況、結果等を考慮すべきことはもちろん、更に当該職員のその前後における態度、処分歴、社会的環境、選択する処分が他の職員及び社会に与える影響等諸般の事情を総合考慮した上で、国鉄の企業秩序の維持確保という見地から考えて相当と判断した処分を選択すべきものである。その判断は、右のように相当広い範囲の事情を総合した上でなされるものであるから、これについては、懲戒権者の裁量が認められているものと解するのが相当である。したがって、懲戒権者の処分選択が、当該行為との対比において甚だしく均衡を失する等社会通念に照らして合理性を欠くものとして違法性を有しないかぎり、それは、懲戒権者の裁量の範囲内にあるものとしてその効力を否定することはできないものというべきである。この理は、懲戒権者が懲戒免職処分を選択した判断についても妥当するのであって、免職処分が職員たる地位を失わしめるという他の処分とは異なった重大な結果を招来するものであることを考慮し、免職処分の当否については、他の処分の選択の場合に比較して特に慎重な配慮を要することを勘案した上で、右判断が裁量の範囲を超えているかどうかを検討してその効力を判断すべきものである。
これを本件についてみるに、(証拠略)を総合すると、次のとおり認められる。
1 国鉄は、昭和五二年頃から深刻化する経営悪化に対処するための諸施策を講じてきたが、経営が改善するに至らず、昭和五七年七月には、臨時行政調査会の基本答申が行われ、国鉄に関しては、将来の経営形態として、分割民営化の方針が打ち出され、これを受けて、同年九月二四日、職場規律の確立等国鉄再建に向けての緊急の諸対策が閣議決定された。これより先、同年初めより国鉄の職場規律の乱れに対する国民の不信感が高まり、国鉄は、その再建のためには、自らの企業努力のほか国民の理解と協力が是非とも必要であるとして、職場規律の是正に向けて職場総点検に取り組むなど対処方針を決定、実施してきた。
2 このような取組みにもかかわらず、同年初めより国鉄職員のいわゆるたるみ事故が次のとおり相次いで発生した。
(一) 三月一五日、名古屋駅構内において、停車中のブルートレインに牽引機を連結する際、機関士が酒気を帯びて運転し、ブレーキ操作を誤ったため、これに激突し、機関車及び客車三両が脱線し、旅客が負傷した。
(二) 四月一二日、水戸管内の小木津駅で、車掌が乗務の前夜、他の乗務員と一緒に飲酒し、酒気を帯びて乗務し、車掌スイッチの操作を失念して操作しなかったため、降車客が降車できなかった。
(三) 五月一三日、小郡車掌区の列車掛が乗務行先地において飲酒して寝過ごし、益田駅で乗務予定の列車に欠乗し、列車が約三〇分遅発した。
以上の事故は、マスコミでも大きく取り上げられ、国鉄当局は、右事故について掲示等を通じて職員に周知徹底させ、飲酒によるたるみ事故の再発防止を強く訴えていた。
ところが、原告は、それにもかかわらず、自区泊中に泥酔した上、他人の乗用車を破損したり、民家の屋根に登って多数の瓦を投げ捨て、隣家の窓ガラスを破損するなどの傍若無人の振る舞いに及んだ末、警察官に取り押さえられて保護され、乗務予定の列車に欠乗し、新聞紙上においても相当大きく報道されるに至ったものである。このような事情を総合して考えると、原告の欠乗にもかかわらず、代務者の手配により列車遅延に至らなかったことなど原告に有利な事情を勘酌し、更に、免職処分の選択に当たっては、特に慎重な配慮を要することを勘案しても、なお、国鉄が原告に対し本件所為につき免職処分を選択した判断が合理性を欠くものと断ずるに足りず、本件懲戒免職処分をもって裁量の範囲を超えた違法なものということはできない。
原告は、本件懲戒免職処分は、井面事故と比較し、不平等な取扱であると主張するので検討するに、原告主張のような井面事故が発生したこと、井面が右事故により停職一年の懲戒処分を受けたことは当事者間に争いがない。原告と井面の各所為を比較した場合、仕業途中の宿泊時の待ち合わせ時間中に外出して飲酒し、そのために乗務予定の列車の乗務を欠いたという点においては共通であるが、原告は、右のほかに、故意に自動車等を破損するという犯罪に該当する行為に及んで、警察官に取り押さえられて警察署に保護されるなどしている点において、両者は、事案を異にしているものと認められる。したがって、井面事故との比較において、本件処分が不平等な取扱であるということはできない。よって、原告の右主張は採用しない。
以上のとおりであるから、原告主張の再抗弁1(懲戒権濫用)は、理由がないものといわなければならない。
七 原告は、本件懲戒免職処分は、不当労働行為であると主張するが、本件全証拠によっても、本件懲戒免職処分が国鉄の反組合(国労)的意図が決定的動機となってなされた事実ないし原告が国労組合員でなかったならば、本件懲戒処分がなされなかったであろうという相当因果関係の存在を認めるに足りない。
よって、不当労働行為の主張は採用できない。
八 (人証拠)によれば、昭和五八年三月三日から本件懲戒処分が発令された同月一九日までの原告の給与は支給済みであることが認められる。
九 以上の説示に照らせば、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 高升五十雄)